プロフィール

代表挨拶

はじめまして、石野敬子です。

夫婦関係カウンセリングプランナー 石野敬子

  • 看護師・介護研修講師をする傍ら離婚を経験し、40歳で株式会社オリーブの前身【オリーブNAGOYA】を設立し、離婚カウンセラーとして独立。
  • その後、岡野あつこの離婚相談救急隊名古屋サロンにて、夫婦相談業務に携わり、全国営業実績ナンバー1を獲得するなど豊富な実績をもつ。
  • 起こった問題にフォーカスし過ぎ、クライエントの課題に客観的に向き合うためのスキルが足りないことを痛感し、コミュニケーション、心理学、脳科学を学び、全米NLPトレーナー・コーチングゲームマスタートレーナー資格など複数の資格を取得する。
  • 2013年 株式会社オリーブを設立し、夫婦関係の悩み相談だけでなく、女性の自立と人生再建を積極的に手掛け活動の場を広げる。クライエント自身の人生の幸せを目標に掲げたカウンセリング&コーチングで、夫の浮気や暴力などで苦しんでいる女性を支援し続けている。
  • 長年に渡り、様々なカウンセリング・コミュニケーション手技・手法を学び実践してきたが、クライエントの状態に合わせた医療的なカウンセリングに及ばない事に何か物足りなさを感じ、より専門性を追求するために精神医療の現場での経験が豊富なベテラン臨床心理士を迎え、特にクライエントのニーズの高いカサンドラに特化したカウンセリング・コーチングをスタートさせた。

電子書籍 幸せをつかむ離婚準備のすゝめ

電子書籍 幸せをつかむ離婚準備のすゝめ

  • 看護師
  • 夫婦関係カウンセリングプランナー
  • 魔法の質問カードマスタートレーナー
  • 全米NLPトレーナー
  • 魔法の質問認定パートナー
  • 伝筆コーチ
  • LABプロフャイルコンサルタント&トレーナー
  • 離婚カウンセラー
  • タイムラインセラピープラクティショナー
  • NPO法人日本家族問題相談連盟認定カウンセラー
  • POY認定コーチングゲームマスタートレーナー
  • ケアマネジャー

恵まれた結婚生活が一転して・・・

私は、10年くらい前まで、何不自由ない大変恵まれた結婚生活を送っていました。大手商社に勤めている元夫は、とても優しく、頼り甲斐があって、収入も良く、非の打ちどころがありませんでした。あの日まで、我慢という言葉は、私の生活の中にはなかったのです・・・。

しかしある日突然、夫が12歳年下の中国人の女性と浮気をし、突然離婚を迫ってきました。そんな何不自由なかった生活は、あっけなく破綻してしまったのです。当時上の息子が小学校3年生、下の娘が幼稚園の年中の時でした。まさに、青天の霹靂とはこのことでしょうか・・・。

突然の離婚宣告

地獄の日々が永遠に続いていくような気持ちになり・・・

私が一体、何したって言うのよ…」
「なんで私ばかりが、こんな目に合うの…」
「これから、幼い子どもを抱えて、一体どうしたらいいのか・・・」

私は、事実を受け入れられず、子どもたちが寝静まったあと、毎晩泣き暮らしていました。今振り返ると、当時の私は、すべて夫のせいと夫を悪者にし、悲劇のヒロインを演じていたように思います。

当時、中国人マフィアのような男性に自宅近くで待ち伏せされて「ダンナ ト ワカレロ ネラワレテル」と脅されたり、無言電話に悩まされたり・・・とさまざまな信じられない出来事が重なり心身共にボロボロの状態になっていきました。
不眠症になり、心療内科へ通うようになりました。さらに、拒食気味になり、体重が27キロまで落ちてしまいました。円形脱毛症になり、髪の毛がどんどん抜けて、ウィッグを付ける髪の毛が残っていないような状態にまでなりました。人生のどん底に突き落とされ、這い上がりたくても這い上がれないで途方に暮れていたのです。

脅迫・無言電話地獄の日々

誰にも言えなかった・・・

こんな状況にも関わらず、しばらく私は誰にも相談できずにいました。
そして・・・、たった一人の戦いがはじまりました。
涙が枯れ果てた頃、夫のせいにしていても状況は変わらないと思い直し、自分自身も悪いところがあったことを反省しました。
離婚についての知識がなかったので、離婚カウンセラーの資格を取りました。毎日、自分で自分を励まし、何とかやり直したい一心で、私なりに精一杯修復の努力もしました・・・。
でも、常に心の中は、不安と不満が一杯で、生きているのが不思議なくらい不安定な日々が続いていきました。

結局、離婚になってしまいました。それは苦しみから逃れるための選択でした。当時の私は、次々に起こる出来事に翻弄されて、自分が何を望んでいて、何が欲しくて、何を守りたいのか・・・、つまり本当はどうしたいのかが分からなくなっていたのでしょう。
私はどうしたかったのか・・・、それは夫と子どもたちとの家庭を何がなんでも守ることだったはずなのに・・・
当時は、それよりも・・・、今の状況があまりにも辛くて耐えられないから、何とかこの状況から逃げたいという気持ちが強かったのだと思います。

力尽きてついに離婚

「何がなんでも家庭を守る」という決断ができなかった代償

たった一人で戦った私は、離婚により、心身ともにボロボロの状態になりました。災難はそれだけでは、終わりませんでした・・・、離婚後、詐欺に遭い離婚の際にもらった慰謝料をすべて失ったばかりか、400万円もの借金を背負う破目に・・・。

人生の一大事には誰かの助けが必要なこともあります。
私が絶望の淵にいた時に、誰か支えてくれる人がいたなら私は離婚せずに済んだかも知れません。
ほんの一言大丈夫と言って励ましてもらえたら、ほんの少しの間だけ寄り添ってもらえたら、どんなに安心できただろうと思います。
私のように状況に負けないで、1人でも多くの方に賢く乗り切って欲しいと強く思うようになっていきました。

誰かの助けが必要なこともある

そして、今・・・

かつての私のように苦しんでいる人に、
その人の状況を理解した上で、
「大丈夫!」と言ってあげたい、
そして目の前の選択の先にある、
その人らしい幸せな人生について一緒に
考えていけるような存在になりたいと
思っているのです。

お一人で悩んでいませんか?まずはお気軽にご相談ください。
page top